加藤静児(1887-1942)
略歴
1887年 6月1日、愛知県海部郡十四山村に生まれる。
1907年 第1回文展に『青丹よし』が初入選。
1909年 第3回文展で褒状を受賞。
1910年 東京美術学校西洋画科を卒業。
1912年 第6回文展にて『屋後』で褒状を受賞。
1913年 第7回文展にて褒状を受賞。
1920年 渡仏し、翌年帰国する。
1930年 第11回帝展より無鑑査となる。
1936年 第1回新文展にて文部省買い上げとなる。
1942年 11月27日東京にて歿。享年55歳。
参考文献:『20世紀 物故洋画家事典』油井一人・岩瀬行雄編(美術年鑑社 1996) 『創業20周年記念特別展 日本近代絵画の青春 大正の絵画 美術史の裏側で見つけた画人たち』(星野画廊 1991)
ヤフーオークションにて購入。作者不詳で出品されていました。
加藤静児の油彩画で日本の風景を描いたものです。ボードカンヴァスに描かれています。ボードカンヴァスは文房堂製のもので、文房堂の創業は1887年(明治20年)なので時代的な矛盾はないと思われます。(このボードカンヴァスというものが英語でなんと書くのが正確なのか未だに分かっておりません……)
制作年は1915年(大正4年)でここまで古い加藤の油彩画はなかなか出てくるのは珍しいと思います。
作風も白馬会調で、この時代の雰囲気をよく表している貴重なものと言えると思います。
さて、加藤静児は1907年の第1回文展と第11回白馬会に出品しているほど、かなり古参の洋画家です。この年の白馬会に初出品したいわば同期の画家としては、正宗得三郎、原勝四郎、小林真二、藤田嗣治、岡本一平、香田勝太、小寺健吉、大野隆徳、戸張孤雁、田辺至、長谷川昇、などがおり、黒田清輝らの世代、藤島武二らの世代に続く、第3の世代が多く歴史に登場してきた頃です。
ですが、そんな加藤の略歴すらもなかなか見つかりません。画集も全然なく、再検証の必要な画家と思います。(まぁ、もっと簡単に国立国会図書館などに行けるようになれば、調べものも進むとは思うのですが…この略歴ではあまりにも不十分ですので、見つかり次第追記したいと思います。)
加藤の画風は温厚で、東京美術学校卒業生としても正統派なので評価がされにくのかもしれません。日本は奇想とか個性的とか夭折とか、そういうわかりやすいものを評価してきた歴史がありますので、仕方ないのかもしれませんが、僕は結構良い絵だと思っています。
ではでは、また~。