こんにちは!まもちゃんです。
本日もよろしくお願いします。
1、相場
画廊でのバイトも半年くらい経ち、あれからまた何点かコレクションも増えていました。
仕事も覚え、常連さんたちからも色々なことを教わり益々頭でっかちになっていた僕は、まただんだんと”ハイ状態”に戻っていました。
そんなある日の休憩中。次のオークションに向けて作ったリストを眺めていた猪羽さんが、僕にそのリストを渡してきました。いつもリストは決して僕が手を付けない自分のデスクの上に置いておくのに、なんでだろうと思いましたが僕は素直に受け取りました。
リストには写真撮影した覚えのある作品名が並んでいましたが、最後の方に見慣れない名前の画家の作品が六点ほど並んでいました。おそらく後日追加されたものです。
「あの、この画家は誰なんですか?」
と僕が訊ねると
「あれ?知らないかい?有名な画家なんだよ」
と猪羽さんは言いました。特にコレクターの間では人気があり、物もなかなか出てこないとのこと。
「この値段どう思うかい?安いと思うかい?それとも高いと思うかい?」
そう今度は逆に訊ねられ、僕はうーんと唸って考えました。作品はどれもデッサンで値段は五万円から六万円でした。デッサンの中では結構いいお値段です。
これは物故洋画に限らずですが、美術品はなぜかデッサン、水彩、油彩の順で値段が高くなっていくことが多いです。単に材料費とそれだけの手間がかかっているということだとは思いますが、蒼原会の図録の時に書いた通り、デッサンや水彩を油彩の一段下と捉える画家の意識の名残かもしれません。そのせいかデッサンを「下絵」、油彩を「本画」と言う場合もあります。しかし、当たり前ですがデッサンや水彩にも傑作はたくさんあります。なのでこの時の僕のように「デッサンのわりに高い」などとは思わずに、その絵の本質を見た方がよいでしょう。
「高いと思いますけど……」
僕がそう答えると猪羽さんはそうか……とつぶやきました。そうして頭をゴシゴシと撫でながら
「安いんだよなぁ、これが」
と小さく言ったのでした。
物故洋画の価格の相場はバブル崩壊後からずっと右肩下がりに推移してきました。今でもこの傾向は続いており、画廊主もコレクターも「まだ下があったんだ」と思うほど相場なんてあってないような状態です。そんな中でも市場で価格を維持し続けているものは、本当に有名で人気、実力ともにある画家の証拠とも言えます。
ですので、今は売り時ではなく圧倒的買い時と言えるんですが、そんな時にコレクションを売りに出したい人なんていませんよね。なので品不足かつ低価格という悪循環に業界全体が陥っている状況なのです。それに加えて、店と客共に高齢化が進んでいて……あれ、なんだか今にも絶滅しそうな環境が揃ってきていますね……
しかしそんな中でも、良心的な価格で売買している画廊主の皆さんには本当に頭が下がります。古美術商は景気の良い業界と思い込んでいた僕は、ここに来てそんなところはほんの一部のお店だけと知りました。
2、良い絵に相場は関係ない!
猪羽さんの安いんだよなぁという心のつぶやきがなぜだか頭から離れず、僕は家でカタログを眺めていました。
たぶんですが、猪羽さんはときどき僕に何かを伝えようとメッセージを発する時があります。気のせいかもしれませんし、逆に僕が気づけていない場合もあるかもしれませんが、今でもそう思っています。
ネットでその画家を調べても相変わらずろくな情報はありません。(現在は何年か前に大きな回顧展があったので情報がたくさん出てきますが、当時はありませんでした)僕の家の本棚からも少ししか情報は得られませんでした。
本棚の強化を心に誓いつつも、僕は入札をためらっていました。
なにせ五万円と言えば僕の月のバイト代のおよそ半額です。独身のサラリーマンならいざ知らず、僕みたいなフリーターが喜んで払っていい額ではありません。
しかし、僕はハイ状態にありました。そして「入札しようか、しまいか」と考えた時点で、もうほぼ100%入札するに決まっているんです!
これがコレクターの悲しい性です。ない袖は振れないとよく言いますが、あれば全力で振るのがコレクターです。
それに相場より安いと言われたので、そのスケベ心もありました。この値段が安いときに顔を出すスケベ心に身をゆだねると碌な結果にならないことが多々あるので注意です。
絵は値段ではないと前回学んだつもりでしたが、これを本当の意味で克服するのはなかなか難しいです。賢明な皆様なら大丈夫とは思いますが、くれぐれも絵の本質を見失わないようにしたいものです。
あ、ちなみに僕はこの時のことを一ミリも後悔していませんし、むしろあの時によく買ったなと思っています。まだまだハイ状態は完治していない様子です。
3、今までで一番高い絵
翌週、無事に落札したことを電話で教えてもらいました。値段は55000円ほどだったと思います。
この値段は僕のコレクター人生のなかで一番高い金額です。
そう聞くと物故洋画があまりお金のかからないコレクションジャンルだとお気づきになる思います。
勉強さえすれば、コレクションの中でも王道と言える「絵画コレクション」の世界に、誰でも無理なく入ってこられるのです。にも関わらず、コレクター人口は減っていくばかり。僕はもっと多くの皆さんにこのジャンルに飛び込んできてもらいたいと思っています。
さらに数日後、僕は出勤してお金を猪羽さんに手渡しました。バイト代との収支は完全にマイナスです。これこそが猪羽さんの策略だったのかもしれませんが、おそらく気のせいです。
改めて見ても不思議な絵です。何が描かれているのかよくわかりませんし、なぜこれを描こうと思ったのかも不明です。
「ジブリの世界だね」
先輩コレクターは絵を見て言いました。このデッサンは画家の人生の後半の作品と推測され、制作年代的には同時期かもしれません。この画家は本当に独自の世界観を行った、日本近代洋画史の特異点のような存在です。
少し大きかったですが、頑張って家に持ち帰り、早速玄関に飾りました。
次の週には図録を購入。
そうやってまた沼にハマっていくのでした。
ではでは、また~。