いざ画廊へ

こんにちは!本日もお付き合いくださり、ありがとうございます。

では、続きをどうぞ!

1、初めての画廊

明かりの付いているドアを深呼吸することもなく、階段を上がってきた勢いのまま二回ノックしました。すると中から

「はいー」

と男性の声がしました。僕は恐る恐る

「し、失礼します」

とドアノブを回し、店内に入りました。そこには確かにあの『日経アート』で見た画廊主、猪羽允さんがいらっしゃいました。写真よりも少し年を取っていましたが、却ってより温和そうな印象になっていました。

「こんにちは」

「こんにちは」

お互いそう挨拶を交わすと、僕は12畳ほどだと思われる店内を見回しました。

入って右側、奥側、そして左奥側と、壁いっぱいに掛けられた絵画。それらにぐるっと囲まれるかたちで部屋の真ん中に据えられたテーブルと年季の入った向い合せのふたつのソファ。左手前には本棚とファックスと一台のパソコン……

僕が所在なさげに目をきょろきょろさせていると、猪羽さんが

「まぁ、とりあえず掛けなよ」

と言ってくれましたので、僕は勧められるまま奥のソファに座りました。他には誰もお客さんはいませんでした。

猪羽さんはやかんで湯を沸かしながら、

「どうしたんだい、今日は?」

的なことを聞いてきたと思いますが、よく覚えていません。とにかく僕は

「絵を見に来ました」

と言いました。猪羽さんは湯呑を準備しながら

「そうかい。若いのに珍しいね」

と言い僕にお茶を持って来て、自分はソファではなくパソコンの前の椅子に座りました。

「初めてなんじゃないかなぁ、君みたいな人が来るのは」

「はぁ……」

そう言われると、確かにここに辿り着くのはかなりのレアケースに違いないと僕は今更ながら考えていました。

「ホームページを見て来たのかい?」

「はい。あと日経アートという雑誌の神保町特集を見まして……」

「あー、あったねそんなのも。懐かしいね」

そうやってしばらく雑談していると

「君はどんな絵が好きなんだい?」

と聞かれました。なので僕はあの時見た青木繁の話や、つい最近好きで画集を眺めていた佐伯祐三の話をしました。すると猪羽さんはなるほどと頷き、

「そういう絵はうちでは売ってないよ?」

と言いました。それからしばらく考え込んだあと、

「君はもうちょっと本物を見て、勉強したらいいよ。美術館に行ってさ。そうすればもっと色々と良い画家がいることがわかるから」

と国立近代美術館、板橋区立美術館、練馬区立美術館などの常設展や過去の展覧会の図録などを勧められました。

「絵を買うのはそれからでいい」

僕は画廊に来たのに絵はまだ買うなと言われてきょとんとしました。

2、なぜか働くことに

「君はいま何してるんだい?」

お茶をすすりながら猪羽さんが聞いてきました。

「僕は、フリーターです」

とざっくりと答えました。すると意外だったらしく

「フリーターが絵を買うのかい?」

と猪羽さんは首を傾げました。まぁ、確かにと僕も思いましたが、興味があるんだから仕方ありません。僕がなんとも言えない顔をしていると、

「そうかいそうかい。なら、暇な時さ手伝いに来てよ。時給はちゃんと出すから」

と猪羽さんは言ったのです。

「え、ええ!?」

この返しにはさすがにびっくりしました。初めて画廊に来たのに画廊でバイトすることが決まってしまったのです。

それから僕が専業主夫になるまでの一年半ほど、古本チェーンのバイトの休日に画廊でバイトを掛け持ちでやる日々が始まりました。主な業務はカタログのための写真撮影の手伝いと、展示替えの手伝い、発送の梱包作業などでした。他にも買い取り査定の下調べに同行したり、ただただのんびりカフェでお茶をしたり、画廊で酒盛りをしたりと毎回とても楽しくためになりました。

今では僕も二人の子育てがひと段落し、月に一度は遊びに行けるようになりましたが、またあんな風にお手伝いしたいなぁと思うときがあります。

なんとなくこの誘いは断ってはダメだという勘が働き、あっさりと次の週に仕事に来ることが決定したら、なんとなく僕たちは打ち解けたような気がしました。それから壁に掛けてあった「靉光」のデッサンや「荒井龍男」の油彩画などを見せていただき、一応これも渡しておくからとその時開催していた、いのは画廊のオークション「画楽市」のカタログと余っていたバックナンバーもいただき、家路につきました。

帰りの電車の中、その日の朝には想像もしていなかった展開に僕はとてもドキドキしていました。

あの時の、あの一冊の雑誌が僕をこんなところまで連れて来たんですから。

3、カタログを見て

画楽市のカタログは僕にとって情報の宝庫でした。

これはまた別に書くつもりですが、物故洋画の勉強で一番手っ取り早く有効で、しかもお金がかからないのがカタログを送ってもらうことだと思います。作家名と相場の一致にも役立ちますし、真贋判定の際の指針にもなるからです。特に神保町のいのは画廊、版画堂、早池峰堂のカタログは絵を買うにしても本当に「卸値かな?」と思うくらい格安の絵が載っていますので、お気に入りの絵を探すのにも、資料にするのにも最適でしょう。

僕はカタログを見て驚いていました。

その値段の安さに。

アルバイトの僕でも無理することなく買える値段で、一点ものの油彩画が買えるんです。しかもちゃんと立派な額にも入っています。無名画家と言ってもネットで検索すれば名前が出てきますし、郷土の美術館にもしっかりと作品が収蔵されています。

美術館に入っている画家の絵がこの値段で買える?というか、買うってことはうちに飾るってこと?

まさかそんな世界があったとは……

僕はこの時初めて高額な値段が付けられていない絵画の存在を認識しました。

すると、「絵はまだ買わなくていい」と言われていたにも関わらず、途端に一枚買ってみたくなりました。

僕はじっくりカタログを眺め、お気に入りを探しました。しかし、安いとは言っても数万円の買い物です。僕は当時フリーターでしたが既に結婚はしていましたので、妻にも一応お伺いをたててみました。

そうして二人で相談し、ついにオークションに入札してみることにしたのです。

どんどん長くなってしまってます。

今回もお読みいただきありがとうございました!ではでは、また~。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


error: Content is protected !!